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混沌

この2ヶ月、現代芸術フェスティバルだとか個展の準備だとかで目まぐるしい日々が続き自身の創作と大きなイベントを行き来するうちに、改めて自分は何がやりたいんだろう、アートの意味(意義)ってなんだろうだなんて、この歳になって疑問が湧いてきた。

アートイベントを企画する側はアートを何か別の目的のための一つの手段(道具)として使っている気がして、でもアーティストも何かを伝える手段としての表現なわけだから一緒なのかな、だけど根本的に何かが違う気がするし、それでも結局どれも根源は同じなのかな。そもそもアートってなんなんだ?
と、心と頭の中がものすごいカオス状態。

たびくま写真を募集した時の問い「あなたにとって旅とは?」に対して180度近く違う二つの答えがあった。皆それぞれに旅の定義が違った。同じように旅をアートに置き換えても、巨匠たちに聞いても、定義は異なったものになると思う。

きっと唯一の答えというものは存在しないんだ。一人ひとりが自分なりの答えをみつけていくものなんだ。

・・・とまぁ、いつもわたしは理論から入っちゃうんだけど結局はあれこれ考える時間があったら動けってことなんだろうな。

(なんか結論への持って行き方が強引すぎるかな)

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コメント

企画する側とアーティストは、やっぱり違うと思います。

2ヶ月にわたったアートイベント、正直もっと方法があったのではと思っています。

確か中心になっているNPOの代表の方も、アーティストですよね。

ずっと疑問に思っていたら、別府在住の友達のアーティストも同じ意見でした。

一言で言えば、国内のアーティスト(特に県内の)をもっと重用するという事です。

一過性のイベントで終わらせないためにも。

投稿: もんじゅ | 2009年6月10日 (水) 03時52分

もんじゅさん、こんにちは。
国内(県内)のアーティストを重用するということももちろん大切ですが、地方にいながら(地方でありながら)世界のアーティストの作品に触れられるということもまた大切だと思います。
バランスかな。
このフェスティバルも始まってから「こうしたほうがいい」ということは取り入れて改善されていっていたので、その柔軟性はよかったんじゃないかと思います。
まだ始まったばかりという感じなので「これが集大成」じゃないといいですね。
わたしはまだどう付き合っていくか分かりませんが。

投稿: さら | 2009年6月11日 (木) 21時35分

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